葵花子
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南に10、西に23の道程
昨日は一日のんびり過ごしました。
一週間という帰省日程をひたすら家族の天秤的な位置を心掛け、中高時代の友人と知り合いとそれぞれ接触して一息ついたら、もう帰宅の前々日だったという忙しなさ。

その分、のんびりしてても食事が出てくるし、洗濯しなくていいし…
これが実家のいいところですね。

最近では、姉の服選びと称して買物に付き添うと自分の服まで買って頂けるのでまあ自分にとってはプラスの方が多いかなっていうのが実家です。


そういえば、私は今の実家の場所から丸々18年程度一度も引っ越したことがなかったのです。
よって、実家がそのまま故郷であり、発生源であり…ともかく、とても懐かしく、私という人間を育ててきたものが凝縮された場所なのですね。

その場所は、私が中学生になったころからゆるやかには変わっていきました。
広がっていた田んぼがすべて住宅になってしまうなどという強い喪失感を与える変化が起きたのもこのときで、今回の帰省に関して、これくらい大きな変化はまったく見受けられなかったです。

しかし、建物はそのままあれど、お店は閉店していたり、入れ代わっていたりして、各所各所が、明らかに変わっているということに今回は「あ、段々ここは私の故郷ではなくなりつつあるのだな」という思いを抱きました。
私の故郷はあの場所なのです。しかし、私の故郷と呼べる時と風景はきちんと失われているのです。

それをとても淋しく感じて、その足で昔の遊び場の横を通りました。
小さな滑り台や、ブランコなど。
今見たら、とても小さくてみっともない遊具は、昔の私にはとても大事なものだったはず。
今はきっと登るのがすごく簡単な木を、あのころは手足を伸ばして頑張っても登れなかったなと考えると、とても勿体ない。


今の私は色々なことを知ってる。
けれど、今の私より、昔の私の方がきっと色々なものを感じていたんだろうな。

その感覚を忘れているのが哀しいなぁ。

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